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ぶどう二粒

私には、認知症で病院に入院している祖母がいる。


「ああ、あんたが来てくれたかい。ちょうど良かった。あたしは家に帰ろうと思いよったとこやったんよ。」


こちらから声をかけると、決まってそう言う。

もう、私の事は早くに忘れてしまった。

声をかけてくる見舞いの人には同じように、きらきらした笑顔でこう言う。


やっぱり家に帰りたいんだな。

他に病気もあるし、家に看病する人員もいない。

帰ってきてほしいのはやまやまなのだが、状況が許さない。

毎度毎度、我が母にそう訴えられている父は、その事があまりに切ない様子で、見舞いに行きたがらなくなってしまった。

祖母は、言っているはしから忘れているので、責めているつもりはないのだが、聞いている方はつらくなってしまうのだ。


彼女はぶどうが大好物。

一房くらい、ぺろりと食べていた。


この時期、ぶどうの直売は猫の手を借りたい程に忙しい。

しかし、明日からお盆だし、前に顔を見せに行ってから間が開いたから、行こう、と腰を上げた。

思い立ったが吉日。

ぶどうの直売の合間を見て、父と見舞いに行った。


紙袋にぶどうを一房忍ばせた。

入院しているのだから、外部から食べ物は御法度だ。

ばれないようにして持ち込んだ。


病室に入ると彼女は居なかった。

ちょうどこれから夕食という時間。

彼女は食堂にちょこんと腰掛けて、テレビを見ていた。

来たよ。


そう声をかけると、留守番をしなきゃいけないから家に帰る、と言い出した彼女に父は、

「家の事は大丈夫だから、もう少しここでゆっくりしておき。」

と、なだめた。


何度も何度も同じことを繰り返す祖母に紙袋からぶどうを一粒手渡すと、きらりと顔が輝いた。

ここでぶどうを食べることがいけない事だと察しているようで、きょろきょろとあたりを見てからぱくりと口に運び、もぐもぐもぐと食べた。


父が皮と種を出すように手を口の前に出しても、暫し我が家のぶどうを堪能しているようで、なかなかもぐもぐを止めない。

この皮に栄養があると。

昔からそういっては皮をしっかりと噛んでいた。


昔から好きだったね、ぶどう。ゆっくりと味わったらいいよ。


しっかりと噛みしだいてから、皮と種を出した。


なにか思いだしたのかな。


もう一粒。


思い出すよな、ばあちゃん。




「おいしかった。」

廊下から夕食が運ばれてくる。


そこで電話がなった。

「ぶどうがなくなったから、ちぎって来て。大至急!」


ぶどうの直売所からだ。


また来るね。


「ありがとう。おいしかった。」


また来るからね。


ごめん、ばあちゃん。

しあわせのお裾分け

ディアンムーが近づいている。梅雨が明けてというもの、真っ青な晴天が続いていたため、今朝のようなどんよりした曇り空は久しぶりだ。


ディアンムー。「雷の母」という意味だそうだ。沖縄近海でいきなり発生した台風4号は今日明日、北上しながら九州に接近する。


何もなければいいが・・・。


雷の母・・・。どういう意味だ。カミナリ。その昔、カミナリオヤジはどこのご近所にも1人はいて、悪いことをするガキどもを懲らしめる恐ろしい存在だった。


カミナリオヤジの説明で「その昔、」なんて書き出さなきゃいけないあたりが、カミナリオヤジという種が絶滅危惧に直面していること示している。


そういう人はいなくなった。いなくなったというよりは、社会が存在を許さなくなったのかもしれないな。


今日日、よその子をいきなりがみがみ怒ろうものなら、それはもう下手をすれば変質者扱いだ。

人は他人同士の干渉をすこぶる嫌うようになった。




今度の台風は、日本の中央に鎮座する勢力の強い高気圧の裾をかすめて北上する。


そのため、日本のあちこちで雷雨を巻き起こす。


そういうわけで雷の母。なんだろうなと素人の早合点でおさめる。



少し鬱陶しい空模様をよそに、今朝は車の中がぽわ~んとなっている。



深呼吸すると、あ~しあわせ。なんとも幸福感に満ちているのである。



先日、職場の同僚から手嶋ぶどう園の葡萄を買いたいから職場に持ってきて欲しいと注文を頂いた。



まいどあり!



その葡萄を助手席に載せて車を走らせていると、車の中はすぐに葡萄のあま~い香りで満たされた。



ぽわ~ん。ぽわ~ん。


あ。しあわせ。


葡萄は食べ物である。どちらかというと嗜好品で、米みたいに生産量が下がったからと言って政府が騒いだりしない。


手嶋ぶどう園が葡萄をつくる目的とはなんだろう。


それはお客さんに葡萄を買って頂いて、それで生活することではあるのだが、「そのために目指している葡萄」というものがその裏腹にある。


それは、ぶどうを食べて頂いたその瞬間だけは、しあわせになってもらえるような甘い葡萄。

葡萄を食べることで嫌なことは全部忘れて、しあわせに包まれてもらいたい。


そういう葡萄。




ぶどうを配達している私もそのしあわせのお裾分けを頂いた。


お客さんのところに着いても、しっかりとがんばるんだぞ!おまえ達!



手嶋ぶどう園、大海原にこぎ出す(遠泳)。

前回同様、浜辺から船のいる沖合まで少し泳ぎそこで伴走する船と合流。


目的地は見えていても、遠いし、波はあるし、潮流もあるのでまっすぐ泳ぐというのはなかなか難しい。


1.5キロ、2.5キロ、3.5地点とゴールにはでっかいバルーンが上がっている。わかりやすいよう地点ごとにバルーンの色が違う。

理屈上、そのバルーンを追っていけばゴールできるようになっている。


1.5キロ地点でまず休憩。時計を見ると32分ちょい。


おお!結構速いじゃないか!この分だと1時間半くらいでいけるのかもしれないぞ。


休憩といっても、海上である。立ち泳ぎしたまま、船から投げ入れられるひも付きのペットボトルから水分補給を行なう。



ううううう。立ち泳ぎキツイ!水を飲もうとすると沈む!


この大会で何がキツイかって、休憩よりキツイものはない。

水分補給はキツイとか何とか言うまえに命がけの作業である。



水分補給が終わったら先頭を交代して次のバルーンを目指す。


次は水色のバルーン。

4人で泳ぐときに最も大変なのは先頭の選手である。


監督が指示をするとはいえ、目標を見失わないように息継ぎ何度かに一回は頭を真正面に上げ、目標を捉えながら泳がなければならない。


なかなか水色のバルーンが近づかない。


うへ~!


到着するまでにへこたれてしまうかもしれないので、前の休憩から30分経ったところで、先頭を替わった。



私が先頭。





水色のバルーンに到着してから次のバルーンとゴールを見ると、かなりバルーンが右方向に見える。


バルーンが風か潮で流されているようだ。


監督と相談して、そのバルーンは無視していくことにした。



これからがながいことながいこと。



ゴールは見えているのだが、なかなか大きくならない。



だんだん、メンバーのペースが落ちてきた。やばい・・・。



ゆっくり泳ぐのも退屈なので、先頭ふたりでバタフライをしてみたり、背泳ぎをしたりしてペースを合わせた。


ざぶーんと深~く潜ってみたりもした。



わはははは!自由だね!



あと300m!



海岸が近づくと船は途中で離脱し、監督達はゴールに先回りする。




ひー!ついた!



みんなで手をつないでゴール。





お疲れさま!手元の時計が2時間4分28秒
http://www.10bai.com/enei/new2010.html

ね~♪手嶋ぶどう園でしょ!



この大会はみんなで泳ぎ切ることが最大の目的!


タイムなんてその時々の状況で違うんだからね。




無事帰還!


桜島



最後の締めはこれ!



しろくま




シロクマは火照った体にきーんとしみた(^_^)

手嶋ぶどう園、大海原にこぎ出す(再会)

鹿児島に来ている。

錦江湾横断遠泳大会に参加するためだ。

前回は一昨年で、今回で2回目。異なるメンバーでのエントリーだ。

桜島から磯海海岸までの直線4.2キロを4人一緒に泳ぎ切る。

無論、オープンウオーターなので海流あり、風有り、波、クラゲ有り。プールで泳ぐようにはいかないのだが、これがまた醍醐味でもあるのだ。

かなり人気の高い大会で、募集チーム数180にエントリーが260チームもあったそうだ。

出場チームが抽選で選ばれるため、実力の他に運も持ち合わせていないと参加できない。


前日に監督会議があり、これに出席しないと参加させてもらえないので、鹿児島で前泊。

夜は黒豚やら薩摩揚げ等の鹿児島の味覚で一杯。

メンバーのうち、初参加は2人だが、どちらも海での競技経験はあるので、リラックス気味だった。


当日は朝7時のフェリーで桜島に渡り、会場までは徒歩だ。


フェリーから港にわたっていると外は雨じゃーじゃー。

TS3H0393.jpg


うへ。


泳ぐんだから雨ぐらいいいじゃん、と思われるかもしれないが、雨だとやはり気が滅入る。さらに雷を伴うとかいうことになると、一気に事態は深刻化する。


雷の危険性が出たら、大会自体が中止される。延期はない。中止。


三年前の大会は、選手が砂浜に降りてこれから泳ぎだそうというその時に雷が鳴り始めたため、大会が中止となった。


その時にエントリーしていた友人がいた。


山本さん。

年の頃は60歳代半ば。


知り合ったのは8年ほど前。私が膝靱帯断裂再建手術のリハビリでやっとクロールが許可された頃だった。

その頃の私は、スイミング教室とか誰かの指導を受けてとかそういうことを一切せず、本屋で水泳の本を立ち読みしたりして、水泳の知識を得ていた。

なにぶん、ごつごつの原石からのスタートなので、ちょっとフォームを改善すると早く泳げるようになった。


ある日のこと。同じコースで泳いでいる初老の男性から声を掛けられた。

「少し前からここで水泳の練習をしているんですが、なかなかうまく泳げません。どうしたらいいんでしょう?」

えっと。あの、片手で水をかいている時、反対の手をまっすぐ伸ばして水を切ったらいいですよ。それから体を縦向きにしてもいいみたいです。

かなり怪しいがプルとローリングの基本だ。今ならともかく、その当時の私は人に教えるほどうまくはない。へたっぴーだ。正しいかそうでないかも分からない。だが、知っていることを話した。


ずーっとやってたらそのうちうまくなると思います。俺もうまくないけどがんばりましょう!


そう言ってへたくそな二人はプールの片隅で励まし合った。


それから3,4年して山本さんと再会する。


通勤路上にプールが乗ったのをきっかけにスイミング教室に入ると、山本さんも教室に入っていた。


山本さんはきれいなフォームのスイマーになっていた。適当に泳ぎ続けていた私よりもかなり速い。

山本さん、お久しぶり!すごく上手になりましたね~!すごい!


そういうと、ちょっと照れくさそうに言った。

「あなたのおかげなんですよ。あの時、あなたが励ましてくれたから続けてるんです。実はあの時、もう泳ぐのをやめようかと思っていたんですよ。ありがとう。」


じーん。


涙が出るくらいうれしかった。


そうか!山本さん!ずっとがんばってたんですね!うううう。


自分の何気ない一言が、思いがけずその人を支えた。


こんなうれしいことはない。

ちょっとの間、二人はまたまたプールの片隅で、再会と水泳を続けてきたことについて喜び合った。


その年の夏、山本さんは他の仲間達と錦江湾遠泳大会に出場することになった。

その大会が雷でそれこそ電撃中止となった3年前の大会である。

山本さんは前にも増して、一生懸命に練習をしていただけに、ショックは大きかったようで、それからプールに姿を現さなくなってしまった。



あれから3年。


山本さんが今年の錦江湾遠泳大会にエントリーし、当選したと風の噂で聞いた。


がんばれ!山本さん!

心で叫んだ。


山本さんが戻ってきてくれたようでうれしかった。




監督会議の会場。




会議が終わるとすぐ外に出て、山本さんを探した。



いた!山本さん!


声を掛けると、数年前より一回りやせた私に驚いてくれた。


明日はがんばりましょう!

私にとっては、特別な再々会である。



朝、スタート地点ではもう一つ再会があった。


会場で再び山本さんに挨拶しようと探していると、テントの中から私の名を呼ぶ声がする。

「テシマー!テシマー!」


え?

そうそうある名前じゃないので私の事には違いない。


逆光でよく見えない声の主を細目で見据えて近づいていく。


視神経から入ってくる画像と脳にあるデータの照合作業がフル回転で行なわれた。


あ。中川。


「どうしたんか!」


互いに同じ台詞を言った。


中学校、高校と同じだった友達、中川くん。


確か、今は福岡で税理士をしていたな。


「おまえ、テコンドーとかしよったき、まさか泳いだりはしないやろうけど、どう見てもおまえやき声を掛けて見たんたい」

テコンドーやってたら泳げないって法はないって。

最近になって近くのジムで走ったり泳いだりしていて、仲間を募ってエントリーしたそうだ。

同じ世代がこういう大会に出てくるのは大変うれしい。私は42栽。多少不甲斐ないかもしれないが、40栽代を代表して出ている。


タイムとか順位とかそういうのではない。

自分と対話しながら走り、泳ぎ、自転車をこぐ。何歳になってもここまではやれたんだ。前に進んでいくんだぞ。

そういう気概を持って、40歳代としてここに立っている。


思いがけない再会に驚き、そしてうれしさがこみ上げてきた。


180チーム、720人が一斉に泳ぎ始めるとさすがに死人が出るので第1から第11ウエーブまでグループ分けされ、5分間隔で15チームごとにスタートする。



我々「Team手嶋ぶどう園」は9時55分スタート。

TS3H0401.jpg



旅路は長いので、そんなに焦らない。



つづく

息子の成長

少し前の出来事。



早朝、人参を栽培している自家菜園へ行って人参を5本引いて帰った。


ちょっと人参を引くだけだから、綺麗なスニーカーで行っても大丈夫。長靴に履き替えるのは面倒だし、ちょっとだけだから。


畑に行くと、ちょっと雑草が気になったり、キャベツの青虫をつぶしたりといろいろ気になる。



ちょっとだけのつもりが、けっこう畑の中をうろうろする。朝露の加減もあり、靴はみるみる泥だらけ。言わぬ事ではない。


もともとその日は朝から用事があって、人参を引いたらそれを家に持って帰ってすぐにその靴で外出する予定だった。



時間がないので泥だらけの靴を他に履き替え、泥靴は玄関に置き去り。




翌日の朝。


出勤する時、靴がきれいになっているのに気づいた。



せっかく綺麗になっているのだから職場に履いていった。




家に帰り、妻に靴を洗ったことの礼を言うと、



「あたしじゃないよ。カズが洗いよった。」



カズが?


ほう。



父の靴を洗って玄関にそっと揃えておいておく。



それでいて、そのことは自己主張せずに黙っておくなんざ、成長したもんじゃないか。



しかし。



ヤツは俺の子。



俺は父の靴を洗うとか磨くとかそういうことをしたことがない。



少し違和感を憶えたが、その違和感は次の瞬間消し飛んだ。



「洗ってあげたんじゃなくてね、あなたの靴を自分が履いていくのに泥が付いたままだと汚いから洗って履いていったんよ。言ったら怒られそうだから、黙ってるのよ」



あ。



そう。



どうも私が知らない間に、私の靴をあれこれ履いて出かけているようだ。



そういや、私の靴が玄関に散らかっていたりして、履いた憶えないのにな~と思ったことが何度かあった。




そうか。



成長したのは足のサイズ。なのね。
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プロフィール

てしまぶどう園

Author:てしまぶどう園
川崎町にあるちっちゃなぶどう園。
私はそこで生まれ育ちました。
手嶋ぶどう園では、ぶどうづくりをぶどうに任せることにしました。
私たちはぶどうの声を聞き、ぶどうがやりたいようにやるお手伝いをしています。
自然に任せて自然のなかで生きる。

そういう生き方ができたらいいなと思っています。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@
手嶋ぶどう園
電話0947(72)3273
fax 0947(72)5454
〒827-0004
福岡県田川郡川崎町田原
田原交差点そばジョイフルの前
営業時間
朝8時30分~夕方6時
※17時以降ぶどうが無くなると閉店します。
遅くにご来店の際はご連絡下さい。
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